
元気な子どもたちも
"Pura Vida!" |
コスタリカを一言で表せと言われれば、生活したことのある人ならほとんどはこの言葉を挙げるでしょう。そう思えるほど、この言葉はコスタリカのキーワード化しています。
街で友達と会ったとき、誰かがオヤジギャグをすっ飛ばしたとき、「よっしゃ!」というとき、別れのとき…。様々な場面で、この言葉は使われます。「元気?」「そいつはいいや!」「またな!」などなど、場面に応じてその意味も百変化を遂げます。
日本語には「どうも」という便利語があるが、まあそんなようなものです。ただし、コスタリカは痩せても枯れてもラテンの国、そんなにおとなしくない。常に元気に、"Pura
Vida!"(ぷら・びだ!)のヒトコトで、何だって通ってしまう、はじけた国なのです。
因みに、この言葉を英語に訳すと、"Pure Life"。日本語だと「純粋な生活」といったところでしょうか。つまり、純粋で素朴なことが、彼等にとってはいちばんの美徳なのです。がつがつ働いてお金をもうけても、人生は豊かにならない。それより、人生の限られた時間を大事にして、ゆったりと暮らすほうが、豊かで幸せな一生を送れる。それが、多くのコスタリカ人の考え方です。
反面、それは小さな事を気にしないということでもあります。細かいこと まで気になる日本人にとっては、ついつい気になってしまうことも…。
例えば、スーパーで買い物をしたとき、レジのおばちゃんが勝手にお釣りを 四捨五入してお客さんに渡したりすることがよくあります。こちらとしては、多いときは問題ないですが(笑)、少ないときには「おいおい」といいたくなってしまいます。このような光景は日常茶飯事なのですが、まあ、多いときも少ないときもあるので、通算すればプラマイゼロだろうと思うのですが…(もしかして騙されてる?(笑))。
しかし、にぱっと白い歯を見せられて"!Pura Vida!"と言われると、どんなことでも取るに足らない些細なことのように思えてくるから、不思議なものです。こだわるところはとことんこだわるが、小さいことは気にせず、「純粋に」人生を楽しもうじゃあないか。コスタリカに住んでいると、自然にそういう気持ちになっていくのです。
おもしろいのは、コスタリカでは政治の世界でも「純粋で素朴なこと」が よいことだという考えが強い、ということです。10年以上前、私はある政府高官にインタビューしたことがあります。その時の話が、私がコスタリカにのめりこむ原点になっています。しかも、その高官が私に語った言葉は、今考えると、みどりの理念そのものでした。
その高官は私に何を語ったか?…それは、次号のお楽しみ、です (^^)
(text by 足立力也)
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