南北アメリカ大陸には米州人権裁判所、ヨーロッパには欧州人権裁判所というもの があります。どちらも国際的な人権裁判所で、個人が国家や企業などを訴えることができます。判決に拘束力はありませんが、国際的な影響力は無視できません。
米州人権裁判所は、コスタリカが誘致して、首都サンホセ郊外に設置されました。 この裁判所が最初に取り扱ったケースでは、コスタリカ自身が被告になりました。
ここでは、内戦中の人権侵害など、ひとつの国家の司法には手にあまるようなケースを 取り扱っています。
この人権裁判所の元弁護士で、私と数年来友人でもあるカルロス・バルガス氏は、 ある時、私にこう言いました。「アフリカでは地域的国際人権裁判所を作る動きがあるそうだ。アジアではまだないよな?」
確かにない。アジア太平洋人権フォーラムなど、地域的に人権問題を扱う集まりはいくつか存在するが、人権裁判所といった機関の設置というところまでには至っていない。しかも、アジア地域は(も、といったほうが正確だが)様々な人権問題を抱え、外交上大きな問題にもなっています。さらに、
日本自身も、国内の司法では手に負えなかったり問題があったりするような人権問題を多く抱えています。
そこで、私はこの「アジア人権裁判所」の設置を提案しました。 これは、みどりの会議のマニフェストにも反映させていただいています。
日本は、いまだ第二次世界大戦のくびきを背負ったままです。戦後補償とか精算とかいう問題を未だに言われるのははぜか。それは、和解がなされていないからです。
賠償や謝罪など、和解の方法はいろいろありますが、結局は被害者が納得し、日本という国や私たちと共に未来を歩んでいこうと前向きになることがその到達点です。そういう意味で、完全な和解はほど遠いと考えられます。和解というプロセスを経ることができれば、国際的緊張も非常に軽減され、アジアの諸国と友好関係を築くことが
できます。そこから、共存・共栄の道が開けてくるのです。
しかし、従軍慰安婦問題、強制連行問題など、戦時中の人権問題で片づいていない案件は山積みです。被害者は、日本には住んでいなかったり、高齢になっていたりして、日本の司法で裁きを仰ぐことも難しい人が少なくありません。
上記の毒ガス兵器裁判は、まだ日本の司法に訴えることができただけ「まし」とすら言えるほど、人権侵害の被害者は苦しい立場におかれています。この負担を軽減し、日本とアジア諸国
が「戦後」を抜け出すためには、早急な対策が必要です。
そのために、国際的に中立性を保てる機関として、アジア人権裁判所の設置は非常に重要性を持つと考えます。
また、現在アジア諸国で起きている様々な人権侵害に関しても、この裁判所は有効だと考えます。
例えばビルマ(ミャンマー)の軍事独裁下で起きているおびただしい人権侵害、インドネシアのアチェの問題、そして北朝鮮の問題。例を挙げれば枚挙に暇がありません。また、日本でも、難民認定の問題、ODAによるダム開発に絡む問題
(コトパンジャンダム問題、サンロケダム問題など)があります。
こういった問題は、 一国の司法では解決が難しかったり、司法に訴えるのが難しかったりします。国際的 な人権機関は、これらの問題に解決の糸口を与えることができます。
過去を和解し、現在の問題を解決に導き、未来に対して平和構築をするために、このアジア人権裁判所の存在は非常に大きな意義を持つと考えます。
(text by 足立力也)
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